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東京高等裁判所 昭和50年(ウ)548号 判決 1976年4月27日

債権者 秀和株式会社

右代表者代表取締役 小林茂

右訴訟代理人弁護士 安西義明

債務者 小松建設工業株式会社

右代表者代表取締役 佐久間志郎

右訴訟代理人弁護士 井上恵文

同 西村孝一

主文

東京高等裁判所が昭和五〇年六月一〇日同庁昭和五〇年(ラ)第二六九号事件でした債権仮差押決定はこれを取消す。

債権者の本件仮差押申請を棄却する。

申請手続費用は債権者の負担とする。

事実

債権者訴訟代理人は、「東京高等裁判所が昭和五〇年六月一〇日同庁昭和五〇年(ラ)第二六九号事件でした債権仮差押決定はこれを認可する。」旨の判決を求め、債務者訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

一  債権者の申請理由

1  被保全権利

(一)  債権者は昭和四八年四月一四日債務者との間に、債務者がその所有の静岡県熱海市伊豆山字鉢アラク九八九番一山林三、七八五平方メートル、同所九九一番九原野三、一七〇平方メートル、同所同番一三原野四、三二七平方メートル、同所同番一四原野四、三九三平方メートル(以上四筆を合せて以下本件土地という)を債権者に売渡し、同時に、債権者が本件土地上に中高層住宅を建築することができるように、債務者の責任で熱海市から開発許可を得た上、本件土地に通ずる道路用地として債権者の指定する場所に存在する第三者所有地(契約書添附図面C、D、E部分)と本件土地の一部(同B、Fの部分)とを交換して、昭和四八年九月三〇日までに(但し、三か月間延長できる)本件土地を宅地に造成し、それに通ずる道路も造成して熱海市に所有権移転した上、残代金完済と同時に本件土地を債権者に引渡す旨の請負契約をした。右売買及び請負の代金額を合計金三億一、二六七万円とし、契約時に手付金として金五、〇〇〇万円、内金五、〇〇〇万円計一億円、造成工事着工時に金六、〇〇〇万円、同工事着工二か月後に金六、〇〇〇万円、造成工事完了後引渡と同時に残金九、二六七万円を支払うこと、債務者が造成工事完成期限までに右開発許可及び道路敷地交換ができない場合は、債権者は債務者に対し、右売買及び請負契約を解除することができ、この場合、債務者は債権者に対し、手付金に相当する金員を違約損害金として支払う旨約定した(以下この契約全体を本件売買等という)。

(二)  債権者は債務者に対し、本件売買等代金として、前記約定に従い、最後の残金分を除き合計金二億二、〇〇〇万円を支払った。

(三)  しかし、債務者は熱海市からの開発許可を得られず、道路敷地の一部について交換ができないまま前記造成工事竣工期限を徒過し、債権者のその後再三の請求にかかわらずその履行をしないので、債権者は昭和五〇年二月二三日ころ到達の内容証明郵便で債務者に対し、右債務不履行を理由に、本件売買等を解除する旨意思表示したので、右契約は解除された。

(四)  よって、債権者は債務者に対し、本件売買等代金として支払った金二億二、〇〇〇万円の返還及び前記約定による違約損害金五、〇〇〇万円、合計金二億七、〇〇〇万円の債権を有する。

2  保全の必要性

(一)  債務者は昭和四八年一二月一日から一か年間の収支報告書によると、上半期六か月の純益は七億八、四〇〇万円であるのに下半期六か月の純益は四、二〇〇万円しかなく、有価証券報告書によると、借入金は長短期合せて六二三億円に達し、最近六か月間に金一一九億円の借入増となっており、金利だけでも年間六〇億円で営業利益を越え、最近は自己の振出手形を街の金融業者で割引かせている程で企業として資産信用度は低い。また、債務者が従前有していた販売用不動産は二三〇億円相当あったのに、昭和四九年一一月期では二七億円に減少し、それも殆んど処分困難な土地で、回収不能の債権も六〇億円(大和機工に対する分)あり、いつ債務超過となり取引停止されるかという状態にあり、執行を保全しておく必要性がある。

(二)  親会社の株式会社小松製作所(以下小松製作所という)は子会社である債務者と法人格を異にし、小松製作所が資力があるからといって当然には小松製作所に弁済を求めることができないから、保全の必要性の判断に影響がない。小松製作所は債務者の本件債務が確定すれば同社に融資して支払をさせる旨裁判所に申出ているとしても、それは債権者との約束ではないから、小松製作所が自社の都合で、債務者援助をやめれば債権者としては何らの要求をもなしうるものでなく、小松製作所自体が常に繁栄を続けるという保証もないのであるから、これによって本件保全の必要性がなくなったとはいいえない。

二  債務者の答弁、抗弁

1  被保全権利について

(一)  債権者主張1のうち本件売買等解除の効果を争い、その余の事実は認める。

(二)  本件売買等の原因となった履行遅滞につき債務者に故意過失または信義則上これと同視すべき帰責事由がないから、本件売買等の解除は効力を生じない。すなわち、

(1) 取付道路敷地の一部については、所有者岩崎一郎との交換契約も成立しており道路工事も竣工しているが、右交換土地上に設定してある抵当権移転につき抵当権譲受人と抵当債権者間の交渉未了のため熱海市への道路所有権移転が未了となっており、これは債務者の努力によっては如何ともし難く、債務者に遅滞の責任はない。

(2) 本件売買等の約定の際債務者が熱海市の開発許可等を得る旨定めたのは、債務者の宅地造成に関する開発許可についてであり、それはいつでも許可される関係にある。熱海市から開発許可を得られない部分は、債権者の計画による高層住宅建築工事についてであって、債務者の関知するものではなく、しかも、その理由は、近隣の熱海ゴルフ場経営者が、債権者の建築計画により本件土地上に高層住宅を建築すると、ゴルフコースから海への眺望が妨げられゴルフ場としての価値を減少することからその建築に反対しているものであって、その責任は専ら債権者の建築計画にあり、債務者に履行遅滞の責任はない。すなわち、当初本件土地は、第一種風致地区に指定され建物建築の制限が厳しかったため、地元の実情を知った債務者が熱海市に働きかけて、これを第二種風致地区に指定変更することを約定した。第二種風致地区では、建築制限は高度一五メートル以内五階建相当で、債権者もこれを承諾して建築計画を立て、熱海ゴルフ場の建築同意もほぼ得ており問題はなかった。そこで、債務者が熱海市に陳情努力したところ、案に相違して第二種風致地区よりさらに制限の緩和された第二種住居地域に指定変更された。債権者はこれを奇貨として当初の建築計画を変更し、高度三〇メートル、一〇階建の高層建築に計画を変更したため、熱海ゴルフ場は前記のように建築の同意を翻すにいたったものである。

2  保全の必要性について

(一)  債務者は小松ビル内に本社を置き、全国九か所に支店を有する資本金一〇億八、〇〇〇万円の一部上場会社で、昭和五〇年第三四半期受注高は三七二億三、〇六七万五、〇〇〇円で前期に比し九七億九、八三七万四、〇〇〇円の増加、同期完成工事高は三五六億八、二七二万六、〇〇〇円で前期に比し一五〇億五、四九二万八、〇〇〇円の増加であり、手持工事は官公需八八億一、一〇〇万円、民需二五二億一、四〇〇万円を有しており、堅実な伸びを示し経営不安の材料は全くない。債務者が自己の振出手形を街の金融業者に割引かせている事実はなく、資産のうち販売用不動産は昭和四九年一一月期で二七億円相当、開発事業継続中の販売不動産は二三二億あり、本件土地の時価は二億六、六四七万五、〇〇〇円(一平方メートル当り一万七、〇〇〇円)であって、本件被保全債権額程度であればいつでも支払可能な資力を有しており、保全の必要性は全くない。

(二)  親会社である小松製作所は債務者の発行株式中五二%の株式を保有し、副社長が債務者の代表取締役を兼ねており、通常の場合よりも密接な連携関係をもっており、小松製作所から十分に資金面、受注面での援助を期待できる。のみならず、小松製作所はとくに本件差押債権が確定したあかつき債権者にその資力がなければこれに融資して支払をさせる旨を約し、その旨を裁判所に報告しているものであって、小松製作所がわが国有数の大企業で東証特定銘柄の一であり、それが公的機関である裁判所に対して公式に表明した意思表示であるから、これを軽々にひるがえすことは考えられず、いわんや同社が二億や三億程度の支払にも窮するほどの経営不振におちいるなどということは到底ありえないところである。

≪証拠関係省略≫

理由

一  保全の必要性の点から判断する。

1  債務者の企業の経営実態について

≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が一応認められる。

(1)  昭和四九年一一月三〇日現在の状況は次のとおりである。販売用不動産二七億二、五六五万三、〇〇〇円を含め流動資産八九九億六、八一〇万四、〇〇〇円、固定資産三五億九、三三八万円あるが、その中には営業を停止した大和機工に対する債権六〇億円を含みそれは殆んど回収不能ないし困難であり、開発事業未収入金が八八億九、六三〇万六、〇〇〇円あり不良債権に属する。負債のうち、長・短期借入金合計は六二四億七、九九五万九、〇〇〇円で前年同期より二一九億五、八八〇万円の借入増で、現金預金との比率は一七・四%で建設業者平均二〇%を下回り、支払利息料は六二億五、六九五万二、〇〇〇円に達し、営業利益五〇億一、一六四万二、〇〇〇円を越え、売上高に対する純金利負担率は八・五三%で建設業者平均一・二二%をはるかに上回っている。

(2)  昭和五〇年五月三一日現在では、経常収入で四一億四、九〇〇万円の収入減となり、不動産売上高は一二億八〇〇万円で前年同期の一〇五億七、七〇〇万円に比較し激減し、営業収入から売上原価、販売費、一般管理費を差引いただけでもすでに一二億二、五〇〇万円の赤字で、これに金利負担分を加えると赤字額は多額となる。

以上のとおり疎明できる。右事実によると、債務者がこのような経営状況を改善せずに経営を続けた場合、早晩経営難に陥り営業を停止する等の事態を招いて債権者の本件債権が確定されてもその支払に支障を来たす虞れがないとはいえないというのを妨げない。

2  親会社の援助態勢について

≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

小松製作所は債務者のいわゆる親会社で、債務者の発行済株式総数の五一・九四%にあたる一、一二二万株を有するものであって、ブルトーザーの製作販売を主目的とするわが国有数の大企業でその株式は東証銘柄の一であり、現在健全な営業を続けており、もとより数億の負担に耐えかねる如き存在ではなく、債務者は小松製作所の子会社で形成するいわゆる小松グループの中心的存在として活躍して来た従前の経営実績に鑑み、小松製作所が債務者の経営再建につき積極的に協力することとし、グループ内の大型工事の全面発注、資金支援のほか、人材の派遣として、小松製作所の代表取締役(副社長)佐久間志郎が債務者の代表取締役を、代表取締役(社長)河合良一が債務者の取締役(但し、昭和四二年以後引続き就任)を、取締役(常務)吉田義明が顧問を各兼任することとし、従前の債務者の代表取締役及び佐久間ら三名を除く他の取締役は退任した。これによれば右再建の見込は相当あるものと解せられる。そのうえ、とくに小松製作所は債務者が本案判決で敗訴確定し本件被保全債権に対応する債務を負担することとなった場合、債務者に支払資力がないときはこれに融資してその支払をさせることを約し、その旨を当裁判所に文書をもって報告している。

ところで一般に、債権者がその債権の執行を保全するため、債務者所有の財産を仮差押する必要があるかどうかの判断において、債務者の資力、信用、経営実態等が第一次的に参酌されるべきことは当然であって、債務者が一流企業のいわゆる子会社であり、その親会社が被保全債権額を超える十分な資力を有するというだけでは仮差押の必要がないとはいえないことはもちろんであるけれども、この親会社が債務者たる子会社の経営再建を積極的に支持する態勢にある結果相当程度子会社の業績向上の見込があるのみならず親会社が子会社に対し、具体的に子会社が当該債権者に対して本案の敗訴判決確定により負担すべき債務についてはその支払不能のさいはこれに融資してその支払をさせる旨を約し、その旨裁判所に言明しているようなときは、もはやその債権の執行を保全する必要性は存在しないものと解するのが相当である。本件において、前記1のような債務者の資力、信用、経営実態からみると、仮差押の必要性があるものということができるけれども、親会社である小松製作所が被保全債権額(全額としても二億七、〇〇〇万円)を超える十分な資力があることはもとより、前記認定のように債務者の経営再建を積極的に支持し相当程度の見込があるのみならず本件被差押債権の支払についてもこれを可能ならしめることを約しているのであるから、本件被保全債権の執行を保全するため仮差押をする必要性は、現在では存在していないものというのを妨げない。もとより小松製作所の右態度は直接債権者に対して保証、債務引受、損害担保等を約したものではないから、将来債権者が直接同社に対してなんらか請求することができる筋合ではなく、同社が債務者との合意により右約束を解消することも法律的には不可能でないとはいいうるであろう。しかしいやしくもわが国有数の企業として自他ともに許す小松製作所が本件につき右のように当裁判所に言明したところを二・三にすることはありうべからざるところで、その点において本件の債務者に信用を補完しているものというべきであって、小松製作所が直接債権者に対して保証等を約したものではないということはなんら右結論を左右するものではない。

二  以上のとおりであるから、被保全権利の点について判断するまでもなく、本件仮差押申請は失当として棄却を免れないので、主文第一項記載の仮差押決定を取消し、申請手続費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅沼武 裁判官 蕪山厳 高木積夫)

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